タイ公共事業の構造的欠陥: クレーン事故再発の深層

この記事の要約
- 2026年1月17日、タイの公共事業現場でクレーン倒壊事故が頻発している問題について、タイ構造工学協会のアモン・ピマーンマート教授が詳細な分析を提示しました。
- プララーム2通りやコラートなどでランチャークレーンが連続して落下する事故が発生し、これは単なる不測の事態ではなく、タイの建設システムにおける構造的な欠陥に起因すると教授は断言しています。
- 教授は、熟練工の不足、資材の使い回し、中古改造機械の使用、ずさんな検査体制、多層的な下請け構造、外国人資本のノミニーによる低価格入札など、多岐にわたる根本的な問題を指摘し、迅速な解決策として「3つのボタン」を提言しました。
繰り返されるクレーン事故、タイ公共事業の構造的脆弱性を露呈
- 2026年1月17日付の報道によれば、タイの公共事業現場、特にプララーム2通りやコラートでランチャークレーンが連続して落下する重大事故が頻発しています。
- タイ構造工学協会のアモン・ピマーンマート教授(ศ.ดร.อมร พิมานมาศ)は、これらの事故は単なる不運ではなく、政府事業における人材、資材、機械、そして監督体制といった構造的な欠陥が原因であると強く指摘しています。
- 教授は、ノミニー業者による低価格入札や改造中古機械の使用など、安全を脅かす複数の問題を挙げ、中立的な調査、厳格な罰則、そして迅速な法整備の必要性を訴え、次なる犠牲者を出さないための緊急提言を行いました。
クレーン事故の連鎖は「不測の事態」ではない
自然現象ではない重大な建設工程上の不備
最近のクレーン倒壊事故が、単なる不運なのか、それともタイの建設システム全体の失敗なのかという問いに対し、アモン教授はまず、事故発生時に嵐や豪雨、地震といった自然災害がなかったことを指摘しました。これにより、外部要因は排除され、問題は「事故」か「欠陥」のどちらかに絞られます。
工学的に「事故」とは、全ての基準を遵守し、徹底的な検査を行った上で予期せぬ事態が発生することを指します。しかし、教授は今回のケースがこれには当たらないと断言し、「建設工程における重大な不備」であるとの見方を示しました。
一つ目の事故では、クレーンの支持脚が簡単に落下しており、これは支持点(アンカー)の強度が計算通りではなかった可能性を強く示唆しています。二つ目のプララーム2通りでの事故では、クレーンの支持脚が不適切な位置、つまり重量に耐えられない箇所に設置されたため、構造が崩壊し、クレーンが中央で折れるという明確な原因が確認されました。
教授は「多くの技術者と同様に、私もこれらは事故というよりも、建設工程上の欠陥に起因すると見ています」と強調しました。
政府プロジェクトの「不名誉な統計」
危険地帯と化した公共事業現場
過去1年間で、タイの公共事業関連プロジェクトでは、会計検査院の建物倒壊事故や市街地の陥没事故、そして今回のクレーン倒壊事故を含め、同様の事故が4件も発生しています。これらの事故の共通点は、すべて政府が発注する公共事業であり、かつ非常に近い時期に連続して発生していることです。
教授はこれを「危険な兆候」と表現し、国民の税金が投入される政府建設プロジェクトにおける安全基準が「深刻な問題を抱えている」と指摘しました。国民は不必要なリスクにさらされている状況にあると警鐘を鳴らしました。
杜撰な施工を招く「三つの要因」
「人」「資材」「機械」の問題点
工学的基準が軽視される原因は、主に以下の3つの要素に集約されるとアモン教授は分析します。
1. 人材:技術者、クレーン運転士、現場作業員に至るまで、関わるすべての人材が対象となります。特にランチャークレーンは、通常の機械ではなく移動式で高所作業を行う特殊な機械であり、静力学と動力学に関する専門知識を持つ熟練したオペレーターが必須です。しかし、実際には十分な知識を持たない作業員が操作しているケースが散見されます。
2. 資材:スリング、滑車、固定ボルトなどの構成部品も問題です。教授は、現場調査で古い部品を何度も使い回している事例を目撃しており、一部のボルトはねじ山が潰れて使い物にならない状態であったり、曲がったボルトが使用されていたりすることもあったと証言しました。わずかなコスト削減が、人命を危険にさらす結果につながっています。
3. 機械:最も懸念されるのは、多くのランチャークレーンが海外から購入された「中古品」であるという点です。一つのプロジェクトが終わると、これらの機械は転売され、新しいプロジェクトの長さや規模に合わせて「改造(Modify)」されます。
教授は、「機械の無許可改造や鉄骨の追加は非常に危険です。これは、エンジンを無許可で改造した自動車が安全ではないのと同じこと」と述べ、タイには建設機械や設備の明確な登録制度が不足している点を指摘しました。数兆バーツ規模の公共事業で、なぜ安価な中古品や改造品の使用が許されているのか、と疑問を呈しました。
法律の抜け穴と品質を破壊する「下請けシステム」
有名無実化する法規制と検査体制
タイの法律は、この問題に対して十分な規制を設けているのでしょうか。アモン教授は、法律自体は70〜80%は整備されているものの、「施行が緩慢で不徹底」であることが問題だと指摘します。例えば、法律では現場に技術者の常駐を義務付けていますが、実際に現場に技術者がいるのか、あるいはその技術者がランチャークレーンに関する十分な知識を持っているのか、あるいは単に書類上の名前だけなのか、実態は不明確です。
本当に不足している法律は、「クレーンの登録制度」と「下請け(Sub-contract)に関する規制」です。現在、大手企業が公共事業を落札しても、自社で施工せず、下請け、さらにその下の小規模な企業へと何段階も仕事を回す多層的な下請け構造が常態化しています。最終的に実際に作業を行う企業にはほとんど利益が残らず、彼らが最初に削減するのが「安全に関する予算」です。安全は目に見える利益を生み出さないコストと見なされてしまうのです。
教授は、「下請けの基準がなく、下請け業者の登録も行われないため、品質の確認ができません。最終的に政府は最低価格を提示した業者を選びますが、その標準は極めて低いものになりがちです」と現状を批判しました。
現場検査の「形骸化」と「責任の不明確さ」
書類上のチェックと「4人の担当者」の原則
タイの建設現場での検査は、単なる書類上の手続きに過ぎないのでしょうか。教授の経験上、その通りであると認めます。検査項目が記載された書類に記入し、技術者の署名を集めて支払いを請求するだけで、実際に鉄骨の状態や支持点の強度、機械の準備状況などが真剣に検査されることはほとんどないのが実情です。
「これは、人材選定システム、資材検査システム、機械システム、すべてが失敗している腐敗したシステムです。安全を確保するためではなく、単に書類を完璧にするための作業に成り下がっています」と教授は強い言葉で非難しました。
クレーンの操作には、以下の「4人の担当者(4 ผู้)」が不可欠です。
- 信号係(signal man)
- 資材固定員(rigger)
- クレーン運転士(crane operator)
- クレーン管理者(crane supervisor)
これら全ての担当者は、研修を受け、資格証明書を取得している必要があります。しかし、現場ではしばしばスキル不足の労働者が代役を務めることがあります。プロジェクト発注機関が、実際にこれらの「4人の担当者」が資格証明書を持っているかを本当に確認しているのかが問われます。
「見せしめ」となる罰則と「ノミニー資本」問題
罰則の不十分さと価格競争による品質破壊
現在の罰則は、請負業者を恐れさせるのに十分でしょうか。教授は「まだ不十分」と答えます。これまで、業者に対する厳格なブラックリスト制度はなく、建設業者の格付けを引き上げる程度の措置しかありませんでした。「格下げ」や「減点」に関する省令がようやく2026年1月13日に発令されましたが、2023年から事故が多発していることを考えると、「あまりにも遅すぎる」と教授は指摘します。4件ものクレーン事故が発生して初めて、法律が動いたのです。
もし、不正を犯した者がコネクションを頼り、罰則を軽くしたり、会社名を変更して再び入札に参加できるような状況であれば、システムは機能しません。
さらに大きな問題として、教授は「外国人資本のノミニー問題」を挙げます。今日、多くの外国人資本がタイのインフラ事業に入札していますが、法律上の制約から直接政府事業を受注できないため、タイの請負業者と合弁事業(JV)を組み、タイ企業を隠れ蓑にしています。
これらの資本は、入札価格を現実離れするほど低く設定(ダンピング)します。一部のタイ業者は、何もしなくても利益が得られるためこれを受け入れます。しかし、利益がほとんどない状態では、最初に削られるのが「安全対策費」です。彼らは安価な資材、古い機械、低賃金でスキル不足の労働者を使用することになります。政府は、最低価格だけでなく、これらノミニーの手口を認識し、適切な対処をする必要があります。
「3つのボタン」:次なる犠牲者を出さないための緊急提言
中立な調査、厳格な罰則、迅速な法整備
アモン教授は、事態を打開するための緊急策として、以下の「3つのボタン」を政府に提言しました。
- 一つ目:中立な調査による真相究明。事故が発生した際には、同じ省庁の人間が互いを検査するのではなく、真に中立な委員会が工学的な深層原因を究明する必要があります。もし、身内を庇うために調査の出発点が歪められれば、決して問題は解決しません。
- 二つ目:断固たる罰則の適用。「見せしめ」が必要です。繰り返し不正を働く企業は、ライセンスの一時停止や公共事業への永久入札禁止といった措置を受けるべきです。「安易な行動がリスクに見合わない」と認識させることが重要です。
- 三つ目:法律の抜け穴を迅速に塞ぐ。政府は、請負業者がコストを削減するために用いる技術を見抜き、対応する必要があります。大臣レベルの省令であれば、本気で取り組めば6ヶ月以内に出すことが可能です。機械の登録義務化や下請けの管理を強化する法律を整備すべきです。人命が危険に晒されている状況で、行政手続きの遅れを言い訳にしてはなりません。
結論:「安全」は決して節約してはならない
アモン教授は、現在のやり方が続く限り、同様の事故はいつどこで起こるか時間の問題であると警鐘を鳴らします。
「全ての請負業者に伝えたいのは、あなたの信頼性は、完成した建物や長く伸びた道路にあるのではなく、あなたが建設するものに命を預ける国民の安全にあるということです。何を節約しても構いませんが、『安全だけは節約してはならない』」と教授は強く訴えました。もし事故が起きてしまえば、どれだけ賠償金を支払い、どれだけ刑務所に服役しても、失われた国の信用や信頼性を取り戻すことはできないからです。
「この繰り返される倒壊の連鎖は、終わらせなければなりません。この問題を慣れっこにしたり、解決できないものと諦めたりしてはなりません。もしタイ国民が、建設現場での死を当たり前のことと見なすようになったら、タイという国は成り立たなくなるでしょう」と、アモン教授は締めくくりました。
引用元:
https://www.prachachat.net/general/news-1951813
#タイ クレーン倒壊 #タイ 建設事故 #タイ 建設問題 #タイ 汚職

